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膜電位を考え直す:高校生の正しい理解のために【1】

 「平衡電位」という概念や「漏洩K+チャネル」を教えることが範囲を逸脱するからか,高校生物の教科書ではそれらを抜きにして膜電位を説明しています。そのせいか「活動電位は,ナトリウムチャネルが開いてNa+が流れ込んで細胞内に+が増えるから膜電位が+側にふれ,ナトリウムポンプがNa+を汲み出すことによってもとに戻る…」というように誤解している大学新入生が後を絶たないのが現状です。多くのウェブサイトに様々な記述がありますが,高校生には難しすぎる詳細な説明であったり,明らかに誤解しているウェブサイトの筆者も多いようです。かのWikipediaでも詳細すぎる記述が基本的な理解を妨げているようです。大学で動物生理学を教えている筆者は,この現状を何とか改善したく,「平衡電位」と「漏洩K+チャネル」という用語を(注釈以外には)使わずに「膜電位」と「活動電位」について高校生に説明する文章を作ってみました。

膜電位はK+の濃度勾配で発生する*1

動物細胞の細胞膜はリン脂質の二重層からできた疎水性の膜で,一般に正(+)や負(−)に帯電したイオン性の物質は透過しにくい。そこに様々な機能を持つタンパク質が浮かぶように存在している*2。これらの機能性タンパク質には,各種の受容体や各種の輸送体,加えて濃度勾配に従ってイオンを透過させるチャネルや濃度勾配に逆らってイオンを輸送するポンプなどがある。

ほとんど全ての動物細胞の細胞膜にはナトリウムポンプ*3があって,ATPのエネルギーを使って常にNa+を細胞外に汲み出すとともにK+を細胞内に取り込んでおり*4,細胞内はNa+濃度が低くてK+濃度が高い状態が保たれている。また細胞膜にはK+が漏れるように透過するタンパク質*5があり,K+は常に細胞の外に流れ出ようとしている。そのためその流出を引き留める方向に,細胞内が負の電位が発生し,それはK+の濃度勾配とつり合っている。動物細胞の膜電位はこのK+の濃度勾配とつり合う電位*6にほぼ等しい*7。なおNa+にも濃度勾配があるので,細胞内へNa+が流れ込むのを引き留める方向の電位*8も考えられるが,通常の細胞の細胞膜にはNa+を通すタンパク質がほとんどないので,膜電位にNa+の濃度勾配はあまり寄与しない。

活動電位はNa+が流れ込もうとすることで発生する

通常の細胞の膜電位はあまり変化しないが,ニューロンや筋肉細胞は膜電位を素早く大きく変化させる仕組みを持っており,「興奮性細胞」とよばれる。興奮性細胞の興奮していないときの膜電位を静止膜電位*9とよび,興奮するときの膜電位の一連の変化のことを活動電位という。

興奮性細胞の静止膜電位は,通常の動物細胞に膜電位があるのと同様に*10,K+の濃度勾配とつり合う電位にほぼ等しい。興奮性細胞の細胞膜には必ず膜電位感受性*11のナトリウムチャネルがある。このナトリウムチャネルは膜電位が上がると(ある閾値を超えると)それを感じて一瞬開く性質を持っており*12,開いている瞬間はNa+が流れ込むのを引き留める方向の電位が発生する*13。これにより膜電位は負の静止膜電位から素早く大きく正に変化して活動電位が起きる。活動電位は,Na+が流れ込んでNa+濃度が変化した結果として発生するものではなく,Na+が流れ込もうとするから発生するといえる*14

膜電位感受性カリウムチャネルは活動電位の発生頻度を上げる

興奮性細胞の細胞膜には膜電位が上がったときに開く膜電位感受性カリウムチャネルもあり,膜電位感受性ナトリウムチャネルが閉じる前からこのカリウムチャネルが開き始め,それにより静止膜電位に素早く戻すことができる*15。活動電位の一連の電位変化の終期に,戻り過ぎて静止膜電位より低い電位*16になることがあるが,このカリウムチャネルが開いているからで,それも閉じると静止膜電位に戻る。

ニューロンが興奮してそのシグナルを伝えるときに一回の活動電位の大きさを変えることはできない。興奮の強弱を伝えるには活動電位の発生頻度を上げたり下げたりするしかない。膜電位感受性カリウムチャネルにより素早く膜電位を静止膜電位に戻すことで,活動電位発生の最大頻度をあげることができる。

活動電位が数万回発生すれば細胞内Na+濃度は上昇する

ほとんど全ての動物細胞にあるナトリウムポンプは常に機能しており,細胞が生きている限り止まることはない。これにより作られるNa+の濃度勾配は各種の輸送体*17の駆動力を維持しており,またこれにより作られるK+の濃度勾配は膜電位を保っている。

興奮性細胞においても同様であり,特別なことが起こっているわけではない。活動電位が起こるときに膜電位感受性ナトリウムチャネルが開いている時間は約1ミリ秒と非常に短く,1回の活動電位の発生では細胞内のNa+濃度はほとんど上昇せずK+濃度もほとんど下がらない*18。とはいえ,活動電位が何万回も連続発生すると,次第に細胞内のNa+濃度は上昇してK+濃度は下がる。この状態を回復させるのはナトリウムポンプである。

*1: ニューロンや筋肉細胞のような興奮性をもたない,一般の動物細胞にも膜電位はある。

*2: 流動モザイクモデル

*3: これは生理学的な呼称で,生化学的には「Na+,K+-ATPアーゼ」と呼ばれる。
*4: 濃度勾配に逆らっているので「能動輸送」という。
*5: 「漏洩(ろうえい)カリウムチャネル」といい,常に開いている。
*6: K+の「平衡電位」あるいは「拡散電位」ともいう。詳しくはNernstの式
*7: Na+やClの透過性もゼロではないので少し影響を受け,通常の静止膜電位はK+の平衡電位よりも少し浅い(+側)。詳しくはGoldmanの式。
*8: 細胞内が正であるNa+の「平衡電位」。
*9: 「活動電位」と「静止電位」が対の用語と受け取られがちである。「静止電位」と「活動電位」を用いると,前者はある値を持つ電位であって,後者がさす一連の電位変化の現象とは異なることが理解しやすい。
*10: 上述:K+が漏れるように透過するタンパク質(漏洩(ろうえい)カリウムチャネル)が存在するため。
*11: 膜電位依存性ともいうが,「依存性」とは入力が2倍になれば出力が2倍になるような印象を与えうるので,「感受性」を使いたい。
*12: 開いた後1ミリ秒程度の一定時間が経つと膜電位が高くても閉じてしまい,静止膜電位まで戻らなければ,元通りの膜電位を感じて開きうる状態にはならない。
*13: ナトリウムチャネルが開いてNa+の透過性が上がり,K+の漏洩チャネルの透過性を完全に上回るので,膜電位はNa+の平衡電位に一気に近づく。
*14: 抵抗が一定であれば電位と電流は比例するが,この場合には抵抗(イオンの透過性の逆数にあたる)が大きく変化するのであって,電位が大きく変化しても電流はほとんど変化せず,ごくわずか流れるに過ぎない。
*15: もしこの電位感受性カリウムチャネルがなくても,漏洩カリウムチャネルがあるのでゆっくり静止膜電位に戻る。
*16: 「後過分極」という:図参照。
*17: Na+の濃度勾配を使って糖やアミノ酸を汲み込んだりCa2+を汲み出したりする輸送体がある。これらを二次性能動輸送という。
*18 仮定する条件にもよるが,細胞内にあるATPにより少なくとも数十万回の活動電位発生で流れ込むNa+を汲み出すことができる計算となる。