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興奮伝導を考え直す:高校生の正しい理解のために【2】

高校生物の教科書では「活動電流」という古い用語が用いられ,活動電位のように大きく変化する電流があたかも軸索の中を流れるイメージを抱かせます。神経の興奮伝導を正しく理解するためには,軸索に沿って流れるという「活動電流」ではなく,チャネル近傍をごくわずか膜を経て流れる「局所電流」という用語を使うべきです。多くのウェブサイトに様々な記述がありますが,高校生には難しすぎる詳細な説明であったり,明らかに誤解しているウェブサイトの筆者も多いようです。かのWikipediaでも詳細すぎる記述が基本的な理解を妨げているようです。大学で動物生理学を教えている筆者は,思い切って,「活動電流」も「局所電流」も使わずに(注釈には「電気的緊張電位」の説明を持ち込みましたが),高校生に興奮伝導を説明する文章を作ってみました。

活動電位は導火線のように伝導する

ニューロンには多くの突起があり,比較的短くて枝分かれを繰り返しているものが樹状突起で,1〜2本の長く伸びている突起が軸索である。ニューロンの興奮はこの軸索を経て遠くにある別のニューロンや筋肉細胞に伝えられる。ニューロンの興奮すなわち活動電位が軸索を伝わっていくことを伝導*1という。
ニューロン軸索のある部分が刺激され膜電位が上昇して(脱分極),あるレベルを(閾値)を超えると,そこにある膜電位感受性ナトリウムチャネルが開く,開くと膜電位が上昇する。<膜電位が上昇すると,隣接した場所*2にある膜電位感受性ナトリウムチャネルが開く,開くと膜電位が上昇する。> 以下< >内の繰り返しがおこり,軸索を活動電位が走っていく。さながら,花火の導火線*3のように,点火すると燃えて温度が上がり,温度が上がると隣の火薬が点火する,を繰り返してシュルシュルと花火本体に高温を運んでいくが如くである。

興奮伝導は導火線とは決定的に異なる

しかしながら,軸索の興奮伝導と導火線は決定的な違いがある。導火線は一度燃えると2回目は使えないが,軸索は何度でも興奮できる。導火線の火薬は温度が上がれば発火して燃え尽きてしまうのに対して,軸索の膜電位感受性ナトリウムチャネルは膜電位が上がると開くが,すぐに閉じてしまう*4。そして膜電位が下がるまで,元の状態(膜電位を感じて開き得る閉状態)には戻らない。つまり<膜電位が低い閉状態>と<膜電位が高い開状態>のふたつ以外に,<膜電位にかかわらず開くことができない不活性化状態>がある*5。この第3の不活性化状態があることによって,膜電位は元の静止膜電位まで戻ることができ,軸索は繰り返し活動電位を発生(発火)できるといえる*6

有髄神経では活動電位がとびとびに伝導するので速い

脊椎動物の多くのニューロン軸索は髄鞘*7が巻かれていて有髄神経とよばれ,髄鞘のない無髄神経と比べて伝導速度が速い。無髄神経では,2ミリ秒ほどかかる活動電位の発生(膜電位感受性ナトリウムチャネルの開閉)が途切れなく連続して起こる。有髄神経では,髄鞘に取り囲まれた部分にはイオンチャネルが少なく髄鞘のないランビエ絞輪*8に集まっているので,活動電位の発生は絞輪の部分だけで起こってとびとびに伝導することになり,伝導速度は無髄神経よりずいぶん速い*9。これを跳躍伝導とよんでいる。

*1 筋肉細胞表面の神経筋接合部に伝わってきた興奮が筋肉細胞全体の細胞膜に伝わるのも同じ現象である。

*2 どの位離れた場所にあるNa+チャネルまで影響を受けるのかについては,電気的緊張電位(electrotonic potential; 電位変化が起こったときに受動的に周囲に拡がる電位)を考える必要がある。その影響は離れるほど指数関数的に弱くなる。もし仮に軸索の伝導速度を1 m/secとすると,活動電位は1msecで1 mm進む。ある箇所の膜電位が閾値を超えて発火した場合,その箇所の電位が1 msec程度でピークに達する(どのニューロンでもこのくらい)ことを考えると,その時点(ピークに達した時点)で1 mm先の場所で閾値を超え始めているはずである。つまり,ある場所の活動電位の影響の範囲は1 mm程度【伝導速度(mm/msec)×活動電位のピークまでの時間(1 msec)】ということになる。

*3 黒色火薬を含んだ紙や糸をひも状にしたもの。

*4 およそ1ミリ秒以下で閉じ始める。

*5 もし<膜電位が低いときの閉状態>と<膜電位が高い時の開状態>のふたつであれば,膜電位は上昇しっぱなしとなり,静止膜電位に戻れない—–つまり導火線は燃え尽きるだけのように。

*6 不応期がある理由でもあるが。

*7 脳や脊髄の中枢神経系ではオリゴデンドロサイトの,末梢神経系ではシュワン細胞の平べったい細胞質が何重にも巻き付いてできている。

*8 髄鞘のない幅1 µm位の絞輪が1〜2mmごとにある。注*2にあるように電気的緊張電位の影響の範囲は,【伝導速度×活動電位のピークまでの時間】であるので,隣の絞輪はもちろんのこと数個先の絞輪にまで活動電位の影響は届く。

*9 哺乳類の場合,太さ0.4〜1.2 µmの無髄繊維の伝導速度は0.5〜2 m/sec,太さ2〜20 µmの有髄線維は12〜120 m/sec程度である。