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獣医学専攻集談会

日時:2020年1月9日(金)16:00− 17:00

場所:りんくうキャンパス1F 会議室(1F, A-103)

 

バイオマテリアル技術から見た再生医療の最先端 – 細胞能力を高める医療の実現 –

田畑 泰彦 教授

京都大学ウイルス・再生医科学研究所 生体材料学分野

 

再生医療とは、生体のもつ自然治癒力を活用する医療である。その基本アイデアは、自 然治癒力の基である細胞の増殖、分化能力を高めて病気を治すことである。自然治癒力を 促すアプローチには、1能力の高い細胞を直接に用いる、2周辺環境を整えて細胞の能力 を高める、2つの方法がある。

前者のアプローチとして、能力の高い幹細胞の移植治療が行われている。しかしながら、 期待したほどに高い治療効果が認められているとはいいがたい。これは、細胞はその周辺 環境と相互作用しながら、生物機能を発揮しているからである。そのため、細胞移植再生 治療には、細胞の増殖、分化を促す適切な局所周辺環境を作り与える工夫が必要不可欠で ある。この細胞の局所周辺環境をバイオマテリアル(生体材料)を利用して作り与えるこ とができる。この分野は組織工学(tissue engineering)と呼ばれている。このバイオマ テリアルとは、体内で用いる、あるいは細胞や生体成分(タンパク質や核酸など)、細菌 などと触れて用いるマテリアル(材料)である。例えば、生体吸収性ハイドロゲルを用い ることによって、体内で不安定な細胞増殖因子を必要な量、必要な期間にわたって、再生 修復を期待する部位近傍で徐々に放出(徐放)させることによって、細胞の能力を高める ことができる。この徐放化ドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System, DDS)技 術によって、血管、骨、軟骨、皮膚、脂肪、半月版、歯周組織などの生体組織のヒト再生 治療が実現している。また、血管新生因子の徐放化によって、移植細胞の生着率と治療効 果を向上できることもわかっている。加えて、細胞増殖因子の徐放化技術と細胞のバイオ マテリアル足場を組み合わせて与え、細胞の増殖、分化能力を高めて、生体組織を再生修 復させることも行われている。再生を期待する部位周辺に細胞がいない場合には、ハイド ロゲルを活用してケモカインを徐放化、体内で必要な細胞を動員することも可能となって

いる。この体内細胞動員技術と細胞増殖因子の徐放化あるいは細胞足場技術を組み合わせ た再生治療も始まっている。一方、炎症と生体修復は表裏の関係であり、炎症がなければ 生体組織の再生修復は期待できない。炎症担当細胞のマクロファージには、炎症性と修復 性の2種類のフェノタイプがあることが知られている。薬剤の徐放技術を活用して修復性 マクロファージ割合を高めることによって、生体組織の再生治療効果が増強できることが わかった。

前述の再生治療を科学的に支えるのが再生研究(細胞研究や創薬研究)であり、この分 野にもバイオマテリアルは重要である。バイオマテリアルを活用することで、プラスチッ ク基材よりの体内環境に近い性質の細胞足場基材があれば、細胞の増殖、分化の研究はよ り進むであろう。また、細胞毒性の低い遺伝子導入バイオマテリアルを利用することで、 幹細胞の遺伝子機能改変も可能となる。バイオマテリアルは再生研究ツールとしても有効 である。一方、能力の高い細胞を用いることができれば、薬の生物作用、毒性、代謝など を感度よく調べ、創薬研究はさらに進む。

本講演では、徐放化DDSあるいは足場バイオマテリアル技術を活用した再生治療と再 生研究の具体例を示しながら、バイオマテリアルからみた再生医療の最前線、細胞能力を 高める医療の実現について議論したい。この観点から、獣医再生医療に期待することも述 べさせていただきたい。

略歴:
田畑 泰彦(たばた やすひこ)
大阪府出身。1981 年京都大学工学部高分子化学科卒業後、京都大学で工学博士、医学博士、薬学博士の 学位を取得。1989 年京都大学医用高分子研究センター助手、1990 年同大学生体医療工学研究センター助 手、1996 年助教授昇任後、1998 年から京都大学再生医科学研究所助教授を経て 2000 年に教授昇任。2001 年からは大阪大学大学院医学系研究科未来医療開発専攻教授を兼任。1991〜1992 年米国マサチューセッ ツ工科大学、ハーバード大学医学部外科客員研究員。

連絡先:生命環境科学研究科 獣医公衆衛生学教室
三宅眞実(内線 2576)E-mail: mami@vet.osakafu-u.ac.jp