EPECプロジェクト(1)

【病原細菌の感染現象を分子レベルで解明する】

In vitro 細菌感染実験系を用いた感染現象の解明

  • 例えばある感染症で、細菌の産生する毒素が発症に重要な役割を演じているとしましょう注1。この場合、その毒素を培養細胞にふりかけて変化を調べれば、もともとの感染症の発症分子メカニズムを、ある程度大まかに知ることはできるでしょう。
  • しかし、そもそも細菌感染症は「生きた細菌」が「生きた宿主細胞」とダイナミックに相互作用した結果起こるわけです。生菌が宿主細胞に感染して、菌と細胞の両者が刻刻と変化していく過程を再現しなければ、私達は本当の感染現象を理解することはできません。
  • 逆に、細菌と宿主細胞の感染過程を、実験室内で再現し、生化学的・遺伝学的な解析手法で調べることにより、私たちは、生きた菌と宿主との間で行われる相互作用を、分子レベルで解明できるかもしれないわけです。こんなやり方で、これまで誰も気づかなかった生命現象を明らかにしたい、あるいは新しい感染制御法を考えるための基盤情報を得たい、こう考えて研究を開始したのです。
  • 研究材料としてEPECを使っています。EPECは3型分泌装置注2を持つ感染性下痢症の原因菌ですが、実はその下痢発症メカニズムは未だによくわかっていません。これまで多くの研究者が下痢のメカニズムを明らかにしようとEPECを培養細胞に作用させ、様々な病理変化を報告していました注3

 

  • 注1例えば、破傷風、ボツリヌス食中毒などがこれにあたる。
  • 注23型分泌装置は、グラム陰性細菌の細胞膜と細胞壁を貫通する注射針状のオルガネラで、分子進化上、鞭毛システムを起源とすると考えられている。3型分泌装置を持つ病原細菌が宿主細胞に感染すると、菌はこの装置を利用して宿主細胞膜に穴を開け、その細胞質内へ直接エフェクターと呼ばれる病原因子(蛋白)を注入(分泌)する。通常、III型分泌装置の構成成分をコードする遺伝子は細菌染色体、あるいはプラスミドの特定の領域に集中して存在し、数十kbの遺伝子クラスターとなっている。多くの病原細菌でこの領域のGC含量は染色体全体のGC含量と異なるため、他の生物から獲得した遺伝子であると考えられている。
  • 注3形態変化としてEPEC感染腸管上皮細胞の微絨毛が広範囲に消失(effacing)し、また細胞膜のrafflingが誘導されることも報告されている。さらに菌の直下で細胞膜突出構造体(pedestal)が誘導される。機能変化としては、まず細胞死、ミトコンドリア障害、IL-8産生誘導、ATPの細胞外放出、細胞膜のリン脂質代謝亢進なども報告されている。また、フィルター膜状で上皮細胞を培養・分化させたモノシートを形成させ、これへEPECを感染させると、細胞間の密着構造の破壊が起こることも報告されている。このin vitro密着構造破壊はin vivoの腸上皮バリア破壊を反映する実験系と捉えられている。密着構造破壊はモノシート間電気抵抗(TER)を測定することで評価でき、これは本研究でも評価系に用いられた。

EPECによる腸上皮バリア破壊メカニズムの解明

  • 私たちは報告された病理変化の中でも、EPEC感染によって細胞間の密着構造(tight junction、以下TJ)が破壊されるという現象に着目しました。TJ は細胞間を完全にシールして、腸管腔と組織を物理的に隔てる防御バリアとして働くため、TJの破壊は下痢発症の引き金になることが疑われます。既に、EPECによるバリア破壊には3型分泌装置により分泌されるエフェクターが関与することが報告されていました。
  • そこで北里大学、阿部章夫教授との共同研究により、EPECの病原性に関与する幾つかの遺伝子の欠損株を作成し、バリア破壊に関与する菌側の因子、及び細胞側の因子の特定を試みました。現在までに次に示す2つの成果を得ています。

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