EPECプロジェクト(2)

【EPECの宿主センサー】

 

EPECmecha

 

欠損変異株の解析結果から、Tir(Translocated intimin receptor)と呼ばれるEPECのIII型分泌装置エフェクターと、TirのリガンドであるEPEC菌体表面接着因子intiminがバリア破壊に必須であることがわかりました。既に明らかにされていた情報を基に、様々な手法を用いて詳細に検討した結果、私たちはEPECのエフェクター分泌機構に関して、次のストーリーを提唱するに至りました;

 

  1. EPECが宿主細胞に接触すると、菌は3型分泌装置を使って宿主細胞質内へ「初期エフェクター群」を分泌する。この中にはTirが含まれ、分泌されたTirは細胞膜を内から外へ貫通してintiminのレセプターとなる(これは既に報告されていた)。
  2. 菌体表面のintiminが細胞表面に露出したTirと結合すると、何らかのメカニズムによりシグナルが接着した菌側へフィードバックされる。このシグナルがIII型分泌装置の分泌蛋白制御システムを変化させ、初期エフェクターとは異なる組み合わせの「後期エフェクター群」が宿主細胞質内へ分泌される ことになる(これは私達が実験結果から新たに提唱した説)。
  3. この後期エフェクター群にのみ含まれる分子量約25 kDaのエフェクター(仮にエフェクターXとする)は、おそらくバリア破壊の責任因子で、これによって腸上皮バリアが破壊される(これは私達が発見した)。

この作用仮説の中で重要な点は、Tirとintiminが結合しなければ、エフェクターXは分泌されない、つまりTir-intimin結合がエフェクターXの分泌開始スイッチとして働いている、ということです。

 

この研究結果で私たちが重視しているのは次の2点です。

 

  1. まず、III型分泌装置のエフェクター分泌が複数の段階で起こるという新しい概念を提唱できたことです。これを言い換えれば、EPECは感染が進行する中 でリアルタイムに環境に応答しつつ、分泌するエフェクターの質を変化させ、状況に応じた宿主機能障害を引き起こしている可能性を示唆しています。
  2. さらに、Tirとintiminとの結合が上記分泌制御スイッチである可能性を示唆しているという点です。Tir-intimin結合は、細胞質側へアクチン重合シグナルを発生させることが既に知られています。私たちの結果は、この結合がさらに菌側へもシグナルを伝え、EPECの病原性発現制御スイッチとして機能する可能性を初めて示したものです。

このストーリーにはまだ検証すべき点がいくつか残されています。現在、様々なスクリーニング手法を用いてこのスイッチ制御仮説の証明を試みており、最終的にEPECと宿主とのクロストークの本質が解明されることを期待しています。

 

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